昭和39年12月7日  夜の御理解

 毎日の事ながら日々それを実感させて頂くのですけれども、朝の御理解が一日そうゆう雰囲気の中に朝の御理解の雰囲気の中におかげ頂けれると言う事は、私くしは、日々体験さして頂くんだけれども今月もやっぱりそうゆう一日だった。
 今朝の御理解は、ここで皆さんに言っておるそのかぎりなく美しゅならせて頂せて頂こうとお互いが、かぎりなく美しゅうならせて頂せて頂こうと互いが、かぎりなく美しゅならせて、頂こうやとこうかぎりなく美しゅうならせて頂くと言う内容には信心の本当のあり方、ゆうは神髄にふれていく事が出来ると日々の改まりが大事ともおっしゃるから、信心は本心の玉を磨くのぞとおっしゃる。信心は本心の玉を磨く以外にないのである。
 日々の改まり以外にないのである。その改まりが、磨くと言う事が、そのまま、かぎりなく美しくならせて頂くことだと思うのですね。かぎりなく美しゅうならせて頂こうやとこう互いが、例えば夫婦が、親子が、信者どうしが「ア-」その合言葉の様におかげを頂いていくとそれを、せんべん例えば、ほんならくりかえしたところで、同じだから、今日と言う今日はいよいよそこに焦点をおいて、おかげを頂こうじゃないかと言うわけネ。
 ところがです、今日、私くしはもう本当日頃信心の稽古をさして頂いておると、さすが椛目の信心の稽古をさして頂いておる分からぬようにあるけれども、やっぱり、どことはなしに信心が血に肉になっていきよるんだなぁと言う事を今日ほど感じた事はなかった。 私くしが、朝からお取次さして頂いたにさんお礼に上げて話してみましょう。
 熊谷さんがその御祈に参って見えてからきのうあちらのおじさん、からしまのおじさんが事故で亡なられましてネ。北川正男さんて言うて時々、参って